堪忍袋の緒は鈍く切れる
『普段穏やかな人』
職場のちょっと困ったひとにも、仕事に行き詰った人にも、初めての部署で右も左もわからない人にも。
いつも明るく穏やかに接してくれる人がいる。
ありがたい。
が、こういう人は得てしてどこか本心を抑え(隠し)、調和が乱れぬようにしていることが往々にしてあるものだ。
ことが順調に運べば自分のなかの不満も解消される、それまではじっと我慢の子で耐えようと思うのだろう。
ところが周囲がその人のガマンや堪えていることに鈍感な場合、不満がおぞましいほどに増大してしまう。
どこかできっぱりと言い切れる人はまだいい。
それができない人はちょっとした小さな意地悪をしたりする。
普段温厚なのに、周囲が「あれ?」と思うような、非常に小さな意地悪を。たまたまかな?偶然かな?と思わせるほど絶妙な具合の、気づくか気づかないかの意地悪を。
そう、意地が悪いのだ。
不満をハッキリ出せない人。じりじりとじわじわとまるで湿ったお煎餅のようだ。
歯切れが悪い。意地悪したあと
またいつもの温厚に戻る。
すべて計算の元で。
オソロシや。
そしてこれをじっと観察している自分の中にも間違いなくこのオソロシやな部分は存在している。
怒りはたとえその場の空気に一瞬緊張が走ったとしても、早めに、軽いうちに出しておいたほうがいい。
ためるとろくな事がない。
納得いかないこと、疑問、早めに相手に確認したほうがいい。
自分が意地悪になってしまう前に。
意地悪は意地悪を生み、職場の空気は最悪になってしまう。
たとえぶつかったとしても、そのあと関係修復を図るほうがずっと健康的。
ま、それが理想です。
Michi Kurumi ∞