闇が光を飲み込むとき
最近いわゆる「壊れた人」と仕事をしている。
一人の人の強力なネガティブさが、楽園を一気に不安の世界へと突き落とす過程を目の当たりにしている。
できれば我関せずで、傍観・分析の立場にいたいのだがちょっと難しくなってきている。
世界を信じていない人間は藁をもすがる必死さで助けてくれそうな人を物色している。
まともな人は最初、善意で助け舟を出す。
ところがその相手は何度も何度もその人が最後まで自分を引き受けてくれる人かどうかを試し、相手を疲弊させ壊す。
与えられても与えられても、満たされないからだ。満足など永遠と来ない。
そのあと、相手を偽善者だとか突然冷たくなったなどと言って、周囲に自分はひどい目に会ったと放送する。
いつも相手の落ち度を探す。
とても臆病なのだ。自分を守るためにほんの些細な相手の嫌悪感を拾う。そしてハラスメントであるとして吹聴する。
「出るところに出る、訴えられて懲戒解雇になるのを狙っている」などと脅す。
そうすることでしか生きてこられなかったのであろう。
周囲は哀れな人だと思っており、火の粉が降りかからないよう、腫れ物に触るように「朗らかに」対応しているが、それを感じ取り、どこまでその朗らかさが本当なのかをまた言葉で試している。
毎日だ。
疲れないのだろうか。
いや、毎日見てる自分がスッカリ吸い取られて巻き込まれている。
私にその人をどうこうする事はできない。
寂しいんだろうなとか、自信がなく、ずっと周囲に許容してくれる人がいなかったんだろうなとか、でもその同情や分析は頓珍漢かもなとか考えてる時点で。
分かりえない。分かったつもり。
でも、苦しそうでもがいていて助けて欲しいけどどうしていいか分からず、周囲を無自覚で傷つけることでしか存在意義を感じられない、破壊願望の強い人。壊したいんだと思う。
果たして同時に自分自身を崩壊させていることに気づいているんだろうか。
どこかできっと分かってるはずなんだけど。
こちらが優しくしても、毅然とした態度を取っても、どちらも届かない。受け取りたいように受け取る。
多くの人が関わりたくないと思う。やがていまの場所を追われるだろう。
そしてその人に不快感を覚えながらも巻き込まれている自分自身の中に、同じものがあるのを感じている。
ある。同じ部分が。だから放っておけないのかもしれない。
こんな風にブログを投稿することも闇を撒くことになっている。同じ穴のムジナである。
でも全てではない。
その人は私に色んなものを見せてくれているのも事実なのだ。
「おまえは大丈夫なのか?」と。
わが身を省みて、改めて周囲の人の思いがあってこそ一員としてそこにいるのだと忘れないようにしたい。
Michi Kurumi ∞